IDLEDAYS BLOG
鼻っ柱は強いが憎めない小娘

友人に誘われて飯綱のドッグランについて行く。飯綱は何故だかあまり行かないけれどさわやかでいい所だ。
ジャック・ラッセル・テリアの彼女の名前はジタン。タンバリンを持ったスペインのジプシー女。

柵の中に入るといきなりダックスフンドの集団にかしましく囲まれていた。というかなんの躊躇もなくその中に飛び込んで行った感もある。そして見知らぬおもちゃをくわえて帰ってきた。ヤツらのだね‥‥。
彼女は人の持っている物を欲しがる癖があるらしい。その後、物凄い大きいシェパードとかマスティフがノソノソと登場してきたが、そいつらのボールも当然のように放さなかった。

ボールを投げてやるとピューッと行って玉をくわえて帰ってくる。玉をよこしてごらんと手を出しても頑なに放そうとしない。こちらが諦めると玉を放して鼻でツンと突きだしてツンとしている。「投げてよ」ってか。
でもなんだよかわいいじゃないか‥‥。それを延々とやっている。疲れるとお腹をペトッと地面につけてひんやりしている仕草もかわいいぜ‥‥。

デカシェパードが一緒になって玉を取ろうとすると、血相変えてガウガウッと掴みかかる。なんという気の強い女。そんな鼻っ柱の強い小娘であるが、大人たちは見守る義務感があるのか、すばしこく駆け回っているところに寄ってきてはなんとなく右往左往しているのであった。
生意気でかわいいヤツ、彼女はスヌーピーに似ている。


| one day | 2008.06.18 Wednesday 15:36 | comments(2) | - |
子犬がいた

実家に行ったら子犬がいた。小熊みたいな奴。

父が近所で子犬が生まれて里親を探しているという情報を聞きつける。父が母に「Mさんちに犬が生まれたぞ」と情報を伝える。母は動物が大好きなのだが、以前室内犬でひと騒動あったこともあり、ぐっとこらえて無視する。数日後に父がまた「Mさんちに犬がまだいるぞ」と情報を伝える。母は心が揺れ動くもやはりぐっとこらえて無視したそうだ。そしてさらに数日後、仕事場にて父は

「うちに犬がいるぞ」とのたまった。
出た!親父の独断専行。

その後驚くべき事実が判明する。私が撮ってきた写真を「まるで熊だよ」と夫と一緒に見ていたら、どうも顔が猿顔だということに気付く。それも人間寄りの。「猿の惑星だよコーネリアスだよ」と喜んでいたら夫が

「ていうかお義父さんに似ている」と言い放った。

これは偶然ではありません必然です。


| family | 2008.04.23 Wednesday 12:18 | comments(6) | - |
キノコを干すと

うま味が増すと『ためしてガッテン』でやっていた。「味がない」「味については特に期待していない」などと囁かれ、地味な存在であったシメジなどが劇的に変わるという。私はキノコの館の住人と呼ばれる程キノコに溢れた環境で生まれ育ったので、このような情報を聞いてしまったらやらずにはおれないだろう。

シメジ、エリンギ、エノキダケと続々と生産した。エノキダケについては、干した物を直に食べると噛めば噛むほどに味が出るようなおつまみ系な食品となり、評判はまずまずだった。
シメジとエリンギについては、日々の食生活に追われ、干し上がったらすぐさま煮物やなんぞに取り急ぎ投入して使ってしまうため、未だうま味が増したかどうか実感できない。が、歯ごたえはものすごくいい。劇的に変わって、料理の中の食感の楽しさ出し係、食物繊維係として調子に乗って何にでも投入してしまう。

イヤいつの間にか主旨が変わっている‥‥というかもともとの「味がない」「味については特に期待していない」という「量産キノコの良さって食感だけではないか」という部分がより強調された結果になってはいないか。一刻も早く味がシビアに出るお吸い物でうま味が増したかどうか確かめて、この量産キノコに定着している世間の意識を払拭しなければならない。

ある日、自慢げに実家にそれらを持って行ってその手法を推奨していたところ母が、干椎茸もそのように自作すればいいではないかという。そうだよね、干椎茸ってちょっとしか入ってないのに高いもんね。
主旨はここで更に大きく変わる。
中国産と違って国産の生椎茸はけっこういい値段だった。他のキノコと一緒に干して数日が経過する中、徐々にわかってきた。椎茸は次第ににシワシワになって縮んで干し上がった頃にはかなりコンパクトになっていた。
わかったこと。干椎茸の値段はそんなもんだった。
| food | 2008.04.17 Thursday 17:23 | comments(8) | - |
シイの実を食べて縄文人を思う

冬に広島の友人からシイの実をもらった。シイの実はドングリの仲間らしいが帽子をかぶったドングリとはちょっと違うようだ。尖っていて縦に筋が入っている。長野のそこいら辺にはあまり落ちていないように思う。帽子が取れたドングリはなにか残念な感じがするのだが、このシイの実は裸身ひとつで完成された形状をしている。そしてかわいい。
手紙に煎って食べてもごはんに混ぜて炊いてもいいと書いてあったのでとりあえずオーブンで三つほど熱して食べてみた。素朴な味だった。自分がリスになったっぽかった。いや縄文人にとってこれは貴重な食糧だ。
煎る方式は煎りすぎた場合、衝撃的な固さになることが判明し、決して若くはない自分の歯をいたわり玄米と一緒に炊くことにした。炊くまでの段階へは、この貴重な食糧を喰いたいという執念なくしては辿りつけなかっただろう。
フライパンで根気よく煎ってその後亀裂が入った殻を剥くのだが、素手で簡単に剥けるのは数少なく、ほとんどペンチで優しくつぶして剥く。この優しくというのに熟練の技が必要であった。強すぎると身がクチャッとつぶれて残念なことになる。中には中がスカスカカラカラで、爆発して散乱することもしばしば。白い粉が舞い上がった。
炊きあがったシイの実入り玄米ごはんはなかなか美味しかった。シイの実はそのまま食べるより数段美味しかった。甘味を押さえた栗という感じか。
縄文人として20年を生き、また新たな人生を歩んでおられる山崎三四造氏も食していたのだろうか。彼の人生を垣間見ると勇気が湧く。
| food | 2008.04.02 Wednesday 16:13 | comments(2) | - |
カエルくん

昨年の夏からずっと家のベランダに住んでいたカエル。だいぶ寒くなるまでベランダを徘徊しているのを見かけていたのだが、晩秋にはもうかなり動きが鈍く、手を近づけても動かないくらいモーローとしていた。

そんないざ冬眠に入らんとしてモーローたる姿を見て、全くの勘違いだがカエルくんが不憫に思う。なんか食べてるか?食べるもんあるんか?おばちゃんはおせっかいにも、カエルくんに食べ物を提供することにした。
カエルくんがいつも鎮座している鉢の縁に、金魚のえさを5粒供えておいた。朝見るとそれがなくなっていた。食べた‥‥。

カエルくんの姿はすっかり見かけなくなってもせっせとお供えは続け、朝見るとやっぱりなくなっている。カエルくんは密かに起き出してきて食べている。そんな私とカエルくんとの感動的なふれあいを知人に自慢気に吹聴したものだ。

1月になってもお供えは尚続けた。おせち料理の田作りで不要になったごまめの肝なども置いてみたりした。さすがのカエルくんも冬眠真っ最中だね、しばらく放置されていたが数日後にはなくなっている。知られざるカエルの冬眠の観察、冬眠中完全には寝ていないらしい。

ある朝の観察でお供え地点に何かいる!あんたカエルくんかい?!接近して見てみるとそいつぁごまめの肝にむしゃぶりついて氷りかけているナメクジであった。
オイオイオイオイ。
| family | 2008.02.27 Wednesday 13:46 | comments(2) | - |